tear drop



見つめているつもりはないのに、自然と重なる視線。誰も気付かないほど静かで些細な行為だけど、何度も繰り返されると私には隠せなくなってしまう。その指に触れられて唇で愛を囁かれた夜が、昨日のことのように浮かび上がってくる。また目が合った。どれだけ私を困らせれば気が済むんだろう。気にしちゃいけないと自分に言い聞かせるほど意識して、頬が熱くなっていくのを感じる。これ以上無理だと思った瞬間、タイミングを図っていたみたいに目を逸らされた。離れてしまった瞳を無意識に追いかけていると、いきなりユノに肩を叩かれてはっとする。


?」
「え、あ、なに?」
「どしたのぼーっとして」
「いや、別に」


ユノにじっと顔を覗き込まれて、ものすごく居心地が悪い。私の頭の中を見抜かれたら…という焦りで、妙に冷たく接してしまう。私は目の前にあったグラスに手を伸ばして、何事もなかったように飲み干した。ユノは諦めたように溜め息をついて、無言でパラパラとメニューを捲り始める。手持ち無沙汰になった私は、元の場所に視線を戻した。そして気付く。居る筈の人が居ない。


「…あれ?」
「何?」
「ジェジュンがいない」
「ほんとだ」
「さっきまで居たのに…」
「喧嘩でもしたの?」
「ううん、別に」
「普段は2人とも良く喋るのにね」


ユノは無邪気に笑って、隣にいたユチョンと、あれが食べたいこれが食べたい、の議論を始めた。きっと本当の幸せはこういう時間なんだと思う。でも私が求めている影は、掴もうとしたらすぐに崩れ落ちる砂。1度はまり込むと抜け出すのは難しい。私は誘惑に駆られて、勢い良く立ち上がった。


、どこ行くの?」
「ちょっと用事思い出した。そのまま帰るかも」
「あのさ」
「うん」
「行かせないって言ったらどうする?」
「え…」
「あんまり不安にさせないで。俺だって優しいだけじゃないし」
「…ごめん」
「絶対戻ってきてね。約束だよ」


私は頼りなく頷いて、店の外に出た。秋の匂いを纏った夜は肌寒い。街の灯りがジェジュンの明るい髪を照らしていた。躊躇する間もなく、私はその背中を呼ぶ。ジェジュンはゆっくり振り返って、私が来るのを予想していたように微笑んだ。


「やっぱりちゃんだ」
「どこ行くの?」
「秘密」
「私も一緒に連れていって」
「駄目だよ」
「どうして」
「だって僕は本気だから」


日曜日の夜、誰も通らない裏道。重ねた唇の隙間から、哀しみと痛みが零れ落ちた。もがくように深まるキス。何となく分かった。これが最後だって。もうとっくに唇は離れているのに、私は言葉を絞り出すことさえ出来ない。


「じゃあね」


ジェジュンはただそれだけ言って、もう振り返ることはしなかった。ユノを捨てることになっても一緒に行きたい。そんな覚悟で追いかけてきたつもりだけど、涙の一滴も出ない私は何なんだろう。弄ばれていると思っていたけど、本当は私が弄んでいたんだろうか。ジェジュンの残した涙が一粒、頬を流れ落ちる。私はその場に立ち尽くして、しばらく茫然としていた。


「ユノ」
「あ、ちゃんと帰ってきた」
「約束したから」


店に戻ってくると、テーブルの真ん中でユチョンがお腹を抱えて笑い転げていた。何か面白いことがあったらしい。私も幸せを分けて貰おうと無理に笑ったら、急にどうしようもないくらい寂しくなってしまった。どうして今更涙が出てくるんだろう。誤摩化す自信も余裕もなくてそっと踵を返した瞬間、ぐいっと腕を掴まれて、真剣な顔をしたユノに抱きしめられる。


「どしたの?嫌なことでもあった?」
「何でもない」
が哀しい顔してると俺も泣きそうになるよ」
「ユノを好きすぎて辛くなったの」
「ほんと?」
「うん、ほんと」


こんなに罪悪感しか残らない夜は初めてだ。みんなが素直な気持ちを口に出しただけなのに、どうして上手く行かないんだろう。もう二度と迷わない。そう固く心に刻めるようになるまで、もう少し時間が必要だ。


2011.09.08