SLOW SLOW SLOW



見て!」
「え?」
「犬がいるー」
「…ほんとだ」


海岸を散歩している途中、ユノが急に立ち止まった。嬉しそうに駆け出すから、何事かと思ったら視線の先に大きな犬がいた。ユノは何の躊躇いもなく近づくと、私にも見せたことのない笑顔で優しく犬を撫でる。でも私は一歩も近づけなかった。小さな頃からずっとそう。犬が恐い。そしてユノはそのことを知らない。テレビや雑誌で犬の特集を見かけると、飼ってみたいと思うこともある。でも思うだけで、実際は犬に触れることさえ出来なかった。


「はぁ…やっぱり犬は可愛いな」
「そうだね」
「うちの犬が1番だけどね」
「きっとみんなそう思ってるよ。自分の子が1番可愛いって」
「じゃあも今度会いに来てよ」
「…え」


社交辞令だとしても,私は頷くことが出来なかった。動物が苦手だなんて、ユノには知られたくない。きっと幻滅される。どうにかして克服したいけど、努力すれば何とかなる問題でもない。その時、さっきの犬がこっちに向かって走ってきた。ユノを気に入ってしまったのか、飼い主を振り切って猛ダッシュをする。頭の中が真っ白になった。もう嫌われるとかそんなことどうでも良い。とにかく怖かった。私は咄嗟に踵を返して走り出す。後ろでユノが犬を抱きとめたのが分かった。そして目の前に砂浜が勢い良く近づいてきて、私は足を捻って転んだ。ユノは呆気にとられて私を見る。


「…、大丈夫?」
「ちょっと痛いけど、歩けると思う…」
「犬、苦手なの?」
「…うん」


ユノは砂だらけになった私を起こしてくれたけど、さっきまでの笑顔はどこかに消えて、戸惑いの表情を見せた。別に責められたわけでもないし、犬が苦手だからって罪になるわけじゃない。でも足の痛みや恥ずかしさが一気に押し寄せて、鼻の辺りがつんと痛くなる。動物が苦手で、全身砂だらけで、さらに情緒不安定なんて最悪だ。


「足、痛い?」
「…ごめんユノ」
「何でが謝るの?」
「ユノが好きなものを、私も好きになりたかったのに…」


まだ手の震えが止まらない。挫いた足もズキズキ痛むし、夕暮れの海岸は寒かった。あまりに自分が情けなくて、ユノの顔を見ることが出来ない。


、顔上げて」
「無理」
「いいから」


その厳しい口調に負けて、ゆっくり顔を上げたら笑顔のユノがいた。瞬きする間もなく、優しいキスが降ってくる。頬に一筋流れ落ちた涙は、綺麗な指に吸い込まれていった。


「俺最初はのこと苦手だったんだよ」
「そうなの?」
「でも今は大好きになってる」
「うん…」
「だから大丈夫。うちの犬に会いにきてよ」


にっこり笑って見つめられると、それだけで不思議なくらい希望が湧いてくる。どうにもならないくらい、私だってユノのことが好きだよ。時間はかかるかもしれないけど、同じ目線で生きていけるように頑張るから。


2010.11.16