静かな雨降り



控え室の窓から下を覗き込むと、応援に来てくれたファンが沢山集まっていた。新曲を初めて披露する緊張とみんなの期待をひしひしと感じて、全身が強張ってくる。でもこうして待っていてくれる人達がいるから、プレッシャーも楽しんで受け入れられるんだ。俺は軽く深呼吸をすると、窓から顔を出した。相変わらず緊張はしていたけど、みんなの顔を見ると無意識に笑顔になれる。少し気持ちが楽になって手を振っていたら、ふと隅の方に見慣れた姿があった。


…」


何があったんだろう、が仕事場に来るなんて。俺はもっと良く見ようと窓から身を乗り出した。その瞬間バランスを崩して、もう少しで人だかりの真ん中に突っ込みそうになる。誰かが腕を掴んでくれたお陰で助かったけど、下からも安堵の溜め息が聞こえたような気がした。命の恩人を確認しようと振り返ると、シウォンが苦笑いをして立っている。


「みんなが呼んでるよ」
「シウォン」
「そんなに乗り出して、可愛い子でもいた?」
「ありがと。超好みの子がいた」
「え、マジ?どれ?」
「あ」
「何?」
「いなくなっちゃった」


瞬間移動したみたいに、視界からの姿が消えた。見間違える筈はないけど、カムバックの準備で疲れているのかな。すぐに電話をかけてみたけど繋がらないし、メールも然り。俺は軽く目を擦って、腑に落ちないままスタジオに足を向けた。


、今日テレビ局来てなかった?」


夜になって宿舎に来た に尋ねてみる。少し間をあけて、気まずそうに答えが返ってきた。


「ばれた?」
「電話しても出ないし、気になって何も手につかなかった」
「ごめん。邪魔したら悪いと思ってすぐ帰ったの」
「何かあった?らしくないよ」
「うん…」
「待っててくれたら降りたのに」
「だってファンの子沢山いたでしょ」
「俺に用事あったんじゃないの?」
「ドンへの顔見たら何も言えなくなった」
「何それ」


視線を外したの顔を、そっと両手で包み込んでキスをした。何度も繰り返していると、が不意に俺の肩を押し返してそのまま俯いてしまった。覗き込むと目に涙が溜まっていて、自分のせいで泣かしてしまったのかと心配になる。


「…ごめん、嫌だった?」


は何も答えずに頭を横に振るだけ。俺は話しかけるのをやめて、ぎゅっとその身体を抱きしめた。話したくないなら暫くこのまま、心の中で一緒に涙を流すだけでも良い。俺も今、君を離したくないから。


2012.06.25