ポッキーゲーム
「ユノごめん、今日やっぱり会えなくなった」
『実は俺も仕事が入って帰れそうにない』
「また?あんまり無理しないでね」
『もね』
私は電話を切ると、小さくため息をついた。会えない本当の理由は、コンパに行くため。正直にそう言えば良かったのに、思わず誤摩化してしまった。こういう誘いを受けたとき、周りの人は私に彼氏がいることを知らないから断りにくい。公表したところで、自分の付き合っている相手のことを詮索されるのは好きじゃないし、何かあってユノに迷惑をかけるのも嫌だ。でも、そんな気遣いも特に必要なかったと分かる。
「えっ」
約束の居酒屋について個室のドアを開けた瞬間、私は固まった。ユノがいる。少し遅れて来てしまい、ただでさえ目立っているのに、大声をあげてみんなの視線を一気に浴びた。慌てて笑顔で誤摩化したけど、実際はこれ以上ないほど動揺している。ユノがコンパに来るというのも意外だったし、仕事だと嘘をついたことにも驚いた。きっとユノも私に対して、同じような気持ちを抱いたんだと思う。
「、何してんの」
通路ですれ違った時、何事もなかったように通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。
「用事あるんじゃなかった?」
「今日はどうしても断れなかったの。ユノこそ仕事は?」
「終わって帰ろうとしたら、ユチョンに飲みに行こうって言われたんだよ」
「ふーん」
「、なんか疑ってる?」
「別に。ユノが何しようと私には関係ないもん」
周りの目を気にしつつ、微妙な距離で言い合いをする。お互い自分が悪いという気持ちと、裏切られたような気持ちが複雑に絡み合って笑顔が引きつっていた。一緒に来ていたユチョンは、離れた位置からこっそり眺めている程度で、基本的には女の子を侍らせて楽しんでいる。私と話す時もよそよそしくて、何か下らないことを企んでいるんじゃないか不安になるぐらいだった。もちろんそれは予感だけでは終わらない。
『ポッキーゲーム』という言葉が誰かの口から出たときには宴も酣、私もユノも無言の攻防に疲れていた。そろそろ抜けてしまおうとさえ思っていたから、何が聞こえてもあまり気にならない。ただ未だにこういうゲームをする人もいるんだな、と半分上の空で考えていた。すると、いきなり目の前にポッキーが差し出される。
「は?」
その手の先を見ると、ニヤニヤしているユチョンがいた。
「え、何これ」
「ユノとちゃんが今日1番飲んでないから、罰ゲーム」
「嫌だよ、何わけ分かんないこと言ってんの」
「仲直りさせてあげようと思ってるのに」
「別に喧嘩してない」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
私の抗議は周りの熱狂にかき消されて、身動きが取れなくなった。ユノはさほど気にしていないようで、からかわれても全く動じない。むしろ困っている私を、面白そうに見ていた。やばい。やる気だ。
「ちゃん往生際悪いよ。コンパに来たんでしょ?」
時間がかかったから、と意味の分からない理由を付けて、ユチョンは半分に折ったポッキーを私の口に押し込む。こんなの、ただの公開キスだ。ユノはわざと一瞬、キスを焦らすときにするような仕草で私の目を見つめると、何の躊躇いもなくポッキーに齧りつく。その動きが妙にリアルで、何もなかったのか、本当に唇が重なったのか分からない程だった。
「…びっくりした」
最初に声をあげたのはユチョンだった。それにつられて、周りからも同じような感想が飛ぶ。本当にするのかと思った。口々に言われて、実際私も同じことを考えていたから否定出来ない。
「ごめん、私帰る」
どんどん赤くなる顔を隠すように、ぽつんと呟いて脱走した。どうせみんな興奮していて気付かない。直後にドアが開いて、ユノが楽しそうについてくる。
「、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「とても恥ずかしい」
「俺は面白かったけど」
「もう絶対ユノに内緒でコンパとか行かない」
膨れっ面で帰り道を歩いていると、今度はユノの大きな手が、そっと私の手を包んだ。
「」
「ん?」
「他の人に取られなくて良かった、って安心してるんだよ。ほんとは」
路地裏でぎゅっと抱きしめられて、夜の寒さも感じなくなる程のキスをする。何度か繰り返しているうちに、酸素不足なのか目が回り始めた。
「え、大丈夫?」
「なんか、多分ユノに酔った。ドキドキする」
後から聞くと、自分では気付かないうちに結構お酒を飲んでいたらしい。だけどその瞬間は、ユノのせいだと信じて疑わなかった。私のペースをこんなに狂わせるのは、世界で1人しかいないから。
2013.12.17