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ドアを開けた瞬間、微かに香るの匂い。遊びに来ていたのか、もう帰ってしまったのか。分からないけどまだ居てくれたらいいな。期待で胸を膨らませながらリビングに入ると、チャンミンがヘッドホンを付けて真剣に映画を見ていた。そこにの姿はない。室内を見渡してみたけど隠れている様子もないし、風船の空気が抜けるように体の力が抜けた。間違えようのない香りなのにおかしい。溜め息をついてソファに腰を下ろしたとき、チャンミンが俺の肩を無言で叩く。


「何?」
「ユノの部屋にいるよ」
「誰が」
ちゃん」


勢い良く立ち上がった瞬間、はずみで鞄の中身が全部床に転がった。目についたものだけ慌てて掻き集めると、自分の部屋に直行する。でも両手が塞がっていてドアが開けられない。俺はドアノブに肘をかけると、背中で扉を押し開けて中に入った。息を切らして駆け込んで来た姿を見て、はびっくりしたように動きを止める。


「…ユノ、何してんの」
がいるって聞いたから嬉しくて」
「慌てすぎだよ。その荷物どうしたの?」
「ちょっとそこで事件が…」


は俺のベッドを占領して読書をしていた。帰ってきて部屋にがいるなんて、良く考えたら初めてだ。こんな汚い部屋に足を踏み入れたことにも驚く。最近はチャンミンも我慢しないことを覚えて、しょっちゅう文句を言ってくるぐらいなのに。


、よくこんな汚い部屋に居れるね」
「掃除したい欲求を抑えるのに苦労した」
「片付けてくれたら良かったのに」
「でも思ったより居心地良かったよ。ユノの匂いって安心するから」
「俺も」
「ん?」
「帰ってきてが待っててくれると嬉しい」


俺は、が読んでいた本を強引に閉じると、唇にそっとキスをした。繋がっている部分は少しなのに、その感触は全身に行き渡って、緩やかな波のように心臓をくすぐった。もっと幸せを感じたくてを押し倒した瞬間、膝の辺りでぐしゃっという音がする。何となく分かっていたけど、恐る恐る足を退けるとやっぱり本が潰れていた。


「…ごめん」
「先に部屋の掃除しようよ。ユノは物をその辺に放置しすぎ」
「ちょっと散らかってる方が安心するんだけど」
「限度がある。チャンミンが可哀想」
「明日片付けるから今日は許してよ。せっかくといるのに」


ページの折り目を優しく指でなぞる仕草が、俺の心を揺り動かす。掃除、やっぱりしようかな。をもっと見つめていたいから。の隣に寝転んで、横顔を見上げる。何気ない表情がとても綺麗だ。周りの男から見ても、ってこんなに魅力的なんだろうか。


「…心配だな」
「何が?」
「俺がいない間に他の人に口説かれたりしてない?」
「ユノだってそうでしょ。私がいない間に他の子誘惑してない?」
「してないよ。でも約束しようか?」


小指と小指を絡ませて、2人にしか見えない赤い糸を巻き付ける。いつまでも運命の人でいて欲しいから、どんなに控えめな美しさも見逃さない。


2012.06.13