Don't say goodbye
キュヒョンに別れを告げたあと、どうやって家に帰ったのか覚えていない。気付けばベッドに腰掛けたまま2時間、同じ姿勢でぼんやりしていた。机の上には未開封のまま放置されたプレゼントの箱。中途半端な気遣いは相手に失礼だと分かっているのに、どうして持ち帰ってしまったんだろう。無理にでもあの場所に置いて来たら良かった。
それでも少しずつ普段の自分が戻ってきて、くよくよしていても仕方がないし、キュヒョンにだけ固執する必要もないような気がしてきた。1ヶ月以上前から欲しい欲しいと連呼していたネックレス。使えるかどうかは分からないけど見るだけ…と、綺麗にかけられたリボンを解いて、静かに箱を開けた。そしてまた後悔する。箱の中には小さなメッセージカードが入っていた。
『いつも泣かせてごめんね。愛してます』
こんなに素直な言葉をくれたのは初めてだった。せっかく落ち着いたのにまた涙が出てくる。強がっているだけで、今も私はキュヒョンのことが好きだ。簡単に忘れられるわけがない。何てバカなんだろう、自分から終わらせたくせに。私はベランダの窓を開けて、道路を走る車の音に紛れて泣いた。
結局そのまま眠っていたらしく、目を覚ましたときには、辺りはすっかり闇に包まれていた。窓も開けっ放しで、部屋の中が冷凍庫のように寒い。震えながら暖房のリモコンを探していると、何か柔らかいものに触れた。一瞬驚いたけど、ふわりと漂う匂いでそれがキュヒョンだと分かる。良く考えてみると、床で眠っていた私がベッドの上にいたことも不思議だ。窓を閉める音で目を覚ましたのか、キュヒョンは大あくびをして上半身を起こした。
「…キュヒョンいつから居たの?」
「ずっと下で粘ってたんだけど、寒くて我慢出来なかった」
「帰らなかったんだ」
「に逢いたかったから」
「もう逢えないんだよ」
「ちゃんと嫌いって言って。じゃないと僕は何度でも逢いに来るよ」
近づいてくる唇を避けられずに1ヶ月振りのキス。でも止めなきゃいけない。ここで受け入れてしまったら、また同じようにキュヒョンを忘れられなくなって、逢えないことで喧嘩をして、その繰り返しになってしまう。冷たく突き放せるなら、とっくにそうしてる。
「キュヒョンずるいよ、出来ないの分かってるんでしょ」
強く押し返した体はびくともしない。この絡まった舌を噛み切ってしまえば全てが終わるんだろうけど、そんなことしたくなかった。心と体が喧嘩をしている。
「ごめん。死ぬ程逢いたかったから止めない」
こんなに辛い恋をするぐらいなら、1人で居た方がマシだと思った。今までの人みたいに、キュヒョンを忘れるのは簡単だって。でも暗闇の中でキュヒョンに気付いたとき、本当はすごく嬉しかった。その程度の気持ちで「別れたい」なんて口にした自分を恥ずかしいと思った。
唇は随分長く繋がっていたけど、触れられなかった今までの時間が長すぎて、たった数秒にしか感じられない。脳で酸素が不足しているのか、頭がくらくらする。「大丈夫?」と自分から聞いたくせに、遠慮する様子もないキュヒョンを見ていると、生温いのは嫌だ、と無意識のうちに私も思っているんだ。
「…、何で駄目なの」
「寂しさを乗り越える自信がない」
「じゃあ逢う度に沢山刻み付けて帰る」
「キュヒョン、」
「それならいいでしょ。異論は認めないから」
言葉の通り、キュヒョンは普段よりずっと丁寧に、執拗なくらい時間をかけて沈み込んでいく。いつまで持つのか分からないけど、今のところさっきまでの憂鬱がどんどん溶けていくのを感じた。
「…分かったよ。撤回する」
口にした途端、溜め込んだ愛しさが一気に溢れだして、声にならない音が真夜中の闇に響き渡った。
2012.01.14