風邪ひきさんへのお題(Thanks:COUNT TEN.
鎮痛剤水分補給うさぎさんりんご握られた手お大事に



鎮痛剤

頭が痛くて眠れない。家に帰る前から微かな痛みを感じてはいたけど、布団に入れば良くなると思っていた。でも治まるどころか、より酷くなって私の睡眠を妨げる。ちらっと隣を見ると、ユチョンが気持ち良さそうに寝息を立てていた。疲れていると小さな音や光が神経に障るらしく、最近はアイマスクと耳栓で完全に周囲を遮断している。なかなか休めていないのを心配していたから、触れ合えないのが寂しいという気持ちより安心の方が大きい。でも今日に限っては起きて欲しいとさえ思う。1人で苦しむのは本当に辛い。何度も寝返りを繰り返すうちに、頭痛はこれ以上我慢できない域に達していた。私は諦めてベッドから出ると、いつもの薬箱を漁る。でも肝心なときに鎮痛剤がない。この痛みを薬局が開くまで持ち越すなんて、考えただけで気分が滅入る。


「…なんでこんなときに」
、何してんの?」


ぱっと後ろを振り返ると、ユチョンがベッドの上に起き上がって目を擦っていた。耳栓をしていたはずなのに、どうして分かったんだろう。私はちょうど床に座り込んで、鞄の中身をひっくり返しているところだった。


「ごめん、すぐ寝るから」
「探し物?」
「…うん」
「何がないの」
「鎮痛剤」
「そこの引き出しにあるよ」


私よりも先にユチョンが立ち上がって、薬を手渡してくれた。


「ありがとう」
「どしたの?」
「頭が痛くて眠れない…」
「風邪かな。楽になるまで一緒にいるよ」
「でもユチョンは寝なきゃ」
はそんなこと気にしなくていいの」


ユチョンの腕に包まっているうちに、すっと痛みが消えて意識が薄れていった。それでも決して良い夢が見れたわけではなくて、大きな機械に押しつぶされていくような、とても怖い夢を見た。





水分補給

ドン、と鈍い音がして私は目を覚ました。妙に体が怠くて、体の向きを変えるのがやっとだった。


「ユチョン、それ、なに?」
「スポーツドリンク。箱で買った」
「え、何で?」
が飲むんだよ。水分補給はこまめにしなきゃ」
「言ってることがよく分からない」


ぽかんとしている私を見て、ユチョンは首を傾げた。


、具合悪くないの?」
「ちょっとフラフラした感じはするけど、元気だよ」
「でも熱あるのに」
「何で分かるの?」
が寝てるとき勝手に計った」


はっとして時計を見ると、朝の10時をとっくに過ぎていた。本来もう家を出ている時間なのに、寝過ごしたらしい。でも起き上がろうとしたら目眩がして、すぐ元の位置に戻る。


「ユチョン、体温計貸して」
「ん」


38.8という数字を自分の目で確認すると、急に力が抜ける。病は気から、という言葉を身を以て体験した。寝起きからこんなに熱があるなんて、夜になったらどれだけ辛いんだろう。そう思うと怖くなってくる。


「熱が上がりすぎて心臓止まるかも」
「病院行かなきゃね」
「うん…」
「連れてってあげる」
「え、ユチョン仕事は?」
「休みだよ。良かったでしょ」


本当に良かった。もし今1人で苦しんでいたら、熱よりも寂しさでどうにかなってしまいそうだった。


、寒くない?」
「うん」
「下までおんぶしてあげようか」
「いいよ、大丈夫」
「あ、マフラー」
「なくても平気だよ。ユチョン、ちょっと落ち着いて」


これ以上何を着れば良いか分からないくらい、あらゆる物を身に纏っているのに、ユチョンはしつこいぐらい心配してくれる。端から見れば、雪だるまのように着膨れている自分の方がおかしいんだろうけど、あまりの仰々しさに笑いを堪えきれなかった。その様子を見て、ユチョンはむっとした表情になる。


「何で笑うの」
「ごめん、あまりに大袈裟でびっくりした」
「だって俺のせいでしょ、が風邪ひいたの」
「何かあったっけ?」
「先週、疲れてるのに連れ回したから」


まさかユチョンがそんなに責任を感じているとは思わなかった。私は笑ったことを後悔して、大人しく車に乗り込む。いつから気にしていたんだろう。風邪をひいたのは私のせいなのに。


「ユチョンは悪くないよ。私が呼び出したんだもん」
「でも治るまで責任持って看病するよ」


ユチョンはそう言って、相変わらず笑顔は見せずに車のエンジンをかけた。





うさぎさんりんご

、りんご食べる?」
「これ、まさかユチョンが作ったの?」
「ジェジュンが切って持ってきてくれた」
「知らなかった。いつ?」
「朝、まだが寝てるとき」


ユチョンが冷蔵庫から、うさぎさんりんごを出してきた。一瞬まさかと思ったけど、ジェジュンからの差し入れだと聞いて納得した。他にも栄養ドリンクや冷えピタ、東方神起のCDが紙袋に詰め込まれている。


「何か色々持ってきてくれたんだね」
「ジェジュンだけじゃないよ」
「え、そうなの?」
が熱出したって言ったら、みんな大騒ぎしてた」


過保護だよね、と呟くユチョンが1番尽くしてくれていることを知っている。私がベッドどころか家まで占領しているのに、嫌な顔ひとつしない。迷惑だから実家に帰る、と言ったときの方が暗い表情になった。


「目の届くとこにいてよ。後は何も言わないから」
「ほんとにいいの?」
は、俺が風邪ひいたら心配じゃない?」
「心配だよ。治るまで泊まり込む」
「じゃあ分かってよ。俺も同じ気持ちなの」


ユチョンはりんごを私の口に押し込むと、自分も1つ手に取って食べ始めた。こっちまで照れくさくなって、押し込まれたりんごに集中する。2人だけが分かる暖かい空気の中で、ひたすらりんごを齧り続けた。





握られた手

「暑い…」


また夜中に目を覚ましてしまった。今度は頭痛じゃなくて、暑さのせい。何かあったら起こせと言われたけど、やっぱり自分から声をかけるのは躊躇う。私は出来るだけゆっくりとベッドから出て、床で眠っているユチョンに声をかけた。でも起こしたことに罪悪感を持たずにいられない。


「ユチョン」
「…ん、どしたの?」
「ごめん、汗かいたから着替えたい」


謝るなと言われても、無意識に『ごめん』という言葉を付け足してしまう。ユチョンは声をかけるとすぐに目を覚まして、枕元のライトを付けてくれた。朝よりも動けるようになっているのを感じて、私は手短にシャワーを浴びた。まだ体は熱いけど気分はいい。


「ありがとう。楽になった」
「また何かあったら起こして」


暗闇で転けたりしないように、ユチョンが手を取ってベッドまで連れて行ってくれる。私はその手を強く握り返して、離れようとするユチョンを引き止めた。昨日の夜からずっと一緒にいるのに、何故か今、握られた手に愛しさが込み上げる。


?」
「ユチョン大好き」


唐突な告白にびっくりしたのか、ユチョンは一瞬動きを止めた。それでも繋いだ手は背中に移動して、優しく私を抱きしめてくれる。そして独特の甘くて低い声が、暗闇の中で同じように響いた。


「俺も大好き。早く元気になって」





お大事に

ユチョンにしては大人しいな、と思ったのは間違いじゃなかった。今まで何も言わず側にいてくれたけど、とうとう限界が来たらしい。仮にも病人なのに、私はユチョンに押しつぶされそうになっている。


「まだそんなに回復してないんですけど…!」
「別に何もしないよ」
「しようとしてるのが分かるの!」
、騒いだらまた熱が上がる」


ジタバタする私の唇に人差し指を当てて、ユチョンは動きを制した。私が大人しくなったのを確認すると、頬から首筋、胸元の順にそっとキスを落としていく。


「こんなことしてると風邪がうつるよ」
「大丈夫。今度は俺が看病して貰うから」
「全然大丈夫じゃない」


触れられることは嫌じゃないし、熱があっても一応気持ちが良いとは思う。でも、やっぱりいつものように楽しめない。神経を風邪に冒されているのか、100%ユチョンを受け止めることが出来なかった。


「ユチョン」
「そんな顔しないで、冗談だよ」


私の表情を見ると、ユチョンは慌てて体を離した。本当に冗談だったのか疑わしいけど、触れるくらいのキスをしてベッドから下りる。


「待って」
「は?」
「寝付くまで隣にいて」
、何か矛盾してない?」
「してない。ただ側にいて欲しいの」


ユチョンはさっきと同じ位置に戻って、今度は割れ物を扱うように、ゆっくりと私を包む。そのうち瞼が重くなって、心地よい眠りの中に誘われていった。


「…お大事に」


小さく呟いた言葉が、夢と現実をバラバラにする。次に目が覚めたときは、風邪なんて吹き飛ばして、あなたの心の底まで深く沈んでいきたい。





2013.12.31