「ちょっとだけ」/「どうしようか」/「言わなくてもわかるでしょ」/「一緒にいたい」/「大好き」
「ちょっとだけ」
仕事が終わって帰ろうとしていたら、の具合が悪そうだから迎えに来て欲しい、とキュヒョンから電話があった。最近は新曲の収録に手一杯で、家とスタジオを往復するだけの日々が続いている。友達に会う時間さえなくて、の顔を見るのも久しぶりだった。呼び出されたカフェに入ると、テーブルに突っ伏しているを不安そうに見つめるキュヒョンがいた。
「」
「チャンミン…なんでここに」
「迎えに来いってキュヒョンから電話があった。具合悪いの?」
「ちょっとだけ」
「そういう風には見えないけど。立てる?」
「1人で帰れるからいい」
は意外にもしっかりした口調で立ち上がろうとした。でも急に腕の力が抜けて、僕の方に倒れ込んだまま動かなくなる。何があったのか分からないけど、顔色も悪いし心配だ。
「…大丈夫?」
「チャンミン」
「何?」
「すごく会いたかった」
他の人が見ている中、は僕にぎゅっと抱きついて離れない。びっくりして一瞬固まってしまったけど、その姿を見ていると恥ずかしさより愛しさの方が大きくなる。僕はの頭を撫でて、耳元でそっと囁いた。
「僕も会いたかった」
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「どうしようか」
僕の腕の中でうとうとし始めたを見て、キュヒョンは苦笑いをした。
「やっぱりちゃんを安心させられるのはチャンミンなんだ」
「僕に勝てると思った?」
「なにその余裕。むかつく」
「冗談だよ。面倒見てくれてありがと」
僕はキュヒョンにお礼を言ってを何とか立ち上がらせた。眠そうな顔を見ていると、ただの睡眠不足のようにも思える。でもその原因を作ったのは僕だという、確信めいた気持ちが湧いて来るのを感じて、ぎゅっとの手を握った。
「、最近ちゃんと寝てる?」
「全然」
「ご飯は?」
「チャンミン分かってるんでしょ。会えないのが辛いんだよ」
「そういうの僕に言ってよ。何でキュヒョンに頼るの?」
「もしかしてやきもち?」
「…そうだよ」
妙に素直な自分が照れ臭くて、嬉しそうに笑うを助手席に押し込んだ。でもしばらくすると、隣から穏やかな寝息が聞こえてくる。せっかく2人きりになれたのに、何で簡単に寝ちゃうんだろう。睡眠不足解消もいいけど、愛情不足の方も何とかしてよ。辛いのはだけじゃないんだからね。僕は戸惑うこともなく、信号が赤になった瞬間そっと頬にキスをした。微動だにしないを見つめて思う。君はいま、僕だけのもの。
「…どうしようか」
出来るなら、このままずっと寝顔を見ていたい。一緒に眠りについて、その体温に触れていたい。もう1度口付けようとしたら、信号が変わって未遂に終わる。次々と浮かんでくる想いを吹き飛ばして、僕はぎゅっとアクセルを踏んだ。
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「言わなくてもわかるでしょ」
家に着いてもはまだ眠り込んでいた。そろそろ起きて僕の相手をして欲しいな。ずっと会いたかったんだ。寝顔だけじゃ物足りないよ。何度か名前を呼んでいると、はゆっくり目を開ける。
「、着いた。降りて」
「くらくらする…」
「栄養不足だよ」
「チャンミン」
「何?」
車からを引っ張り出そうと苦戦しているのに、本人は全く動く様子がない。何か他の方法がないかと考えていると、いつになく甘い声で僕を呼ぶ。
「どしたの?しんどい?」
「ううん」
「じゃあ自分で歩いてよ」
「やだ」
「なんで」
「言わなくてもわかるでしょ」
は僕を潤んだ目で見上げた。平静を装うのも大変だって分かって欲しい。僕が女の子に振り回されてドキドキしているなんて、みんなに知られたらきっと笑われる。僕はをそっと抱き上げて、熱くなる頬を隠すように早足で歩き出した。
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「一緒にいたい」
朝の光が眩しくて目を開けると、見慣れた天井が視界に入る。睡眠は充分とったはずなのに、何となく気怠い。昨日のことが曖昧にしか思い出せず、僕はまだはっきりしない頭で記憶を辿った。そしてが隣にいることに気付く。
「」
「ん…」
「おはよ」
「…チャンミン、なんでここに」
「覚えてないの?」
僕はベッドに寝転んだまま片肘をついて、の顔を覗き込んだ。あれだけ僕を誘惑したくせに、全て忘れているなんて信じられない。台詞まで昨日と同じで、振り出しに戻った気分だ。代わりに今日は僕が沢山困らせてやる。
「ゆうべは大変だったよ、のせいで」
「全然思い出せないんだけど」
「覚えてる?一緒にお風呂入るって騒いだの」
「…え、入ったの?」
「秘密」
僕は起き上がって、の首筋にキスを落とす。本当のことは教えてあげない。真実は僕の頭の中に。
「何?」
「念のため」
「はぁ?」
「は僕のものだから」
は鏡を見ると、頬を赤く染めた。目立つところにくっきり残したキスマーク。
「チャンミンのばか」
「仕返しだよ。僕だってと一緒にいたいのに」
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「大好き」
細い肩を指でなぞると、応えるようにの体が揺れた。癖になりそうだ。こんなに素直に僕を感じてくれるなんて。は何気なく僕の名前を呼ぶと、柔らかい笑顔を見せた。
「穏やかだね」
「そう見える?」
「だって久しぶりに太陽が出てるから」
「なんだ、僕のことかと思った」
「え、何か怒ってるの?」
「そういう意味じゃなくて」
ただ目の前に君がいるから居ても立ってもいられないんだよ。でもそれを伝える前に、軽快なノックの音がして、返事をする間もなく部屋のドアが開いた。こんなことをするのはユノしかいない。
「チャンミン、今日の収録夕方からになったって」
「え、あ、うん、分かった」
「邪魔してごめんね。ちゃんも」
ユノはいきなり入って来て、何事もなかったかのように出て行った。は布団に包まって寝たフリをしていたけど、背中を見ると笑いを堪えているのが分かった。
「、笑いすぎ」
「ユノってほんとすごいね。全然驚かないんだ」
「慣れてるんじゃない」
「チャンミンがよく女の子連れ込むから?」
「はぁ?何言ってんの」
僕が疑われるなんて心外だ。こんなに一途に想っているのに。
「…大好きだよ」
「え?」
「のこと。大好き」
気付けば口走っていた愛の言葉。思わず溢れたこの一言に、僕の気持ちは凝縮されているんだ。いつまでも僕を見つめていて。僕もずっと、出会ったときからずっとだけを見つめているよ。
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2012.09.13(Masterpiece様に贈ります)