Adagio cantabile



、ピアノ弾けたんだね」
「たまには頭使おうと思って」


誰の物か分からないけど、ピアノの上に無造作に置いてあった楽譜。勝手に拝借してパラパラ捲っていたら、昔良く弾いた曲が載っていた。ピアノを弾くなんて久しぶりだったけど、意外にも感覚はすぐに戻ってくる。曲の世界に浸っていたら、いきなりユノが後ろから抱きついてきた。


「ユノ、重い」
「ほんと?」
「退ける気ないでしょ」
「うん」


背中に感じる重みを無視して、私はピアノの演奏を続けた。ユノはしばらくピアノを聞いていたけど、今度は隣に座って、私の頬や首筋に口付ける。さすがに気が散って、何度か音を外してしまった。それでも演奏を強行していたら、今度は唇にキスをされて、仕方なくピアノを中断する羽目になる。


「もー何でそんなに邪魔するの?」
「構ってくれないから」
「リーダーのくせに甘えん坊だよね、ユノ」
「俺に惚れてるくせに冷たいよね、
「うるさい」
「ねー俺もピアノ弾いてみたい」
「楽譜読めるの?」
「読めるよー」
「…多才だなぁ、ほんとに」


ユノは真剣な顔で楽譜と睨めっこ。つい口を挟んでしまう私を無視して、自分の世界に没頭している。背中に抱きつきたくなる気持ちが良く分かった。練習はなかなか進まないし、相手もして貰えない。私はしばらく耐えていたけど、気づいたらソファで爆睡していた。


、起きて」
「…んー?」
「右手だけ弾けるようになった!」
「あ、そう…よかったね…」
「だから伴奏してよ」
「えー…?」


まだ意識がはっきりしないまま、ずるずるとピアノまで引きずられた。ユノに頬を叩かれて、しぶしぶながら左手を動かす。弾いたのは1ページにも満たなかったけど、短時間で覚えたにしては上出来だった。


「どう?俺すごくない?」
「すごいすごい」
「ほんとに思ってる?」
「思ってるよ」


どんなことにでも一生懸命なユノは、やっぱり輝いていて羨ましいと思う。でも私が何年もかけてやったことを、一瞬で習得されるとちょっと悔しい。


、俺の才能に嫉妬してるでしょ」
「してないよバカ」
「でもやっぱりのピアノがいい」
「ほんとに思ってる?」
「思ってるよ。邪魔したくなるぐらい綺麗だった」
「ありがとうございます」
「だからもう1回弾いて?」
「…しょうがないなぁ」


嬉しい、楽しい、っていう感情だけじゃなく、悔しい、羨ましいって気持ちもストレートに表現出来る。そんなユノだから、私はひねくれずに好きで居られるんだね。


2010.10.23